"Vespro"のナゾ 補追A


本稿は、1998年 7月18日 (第21回定期演奏会で)の2回目の“Vespro”単独演奏に 際して、曲目メモとしてプログラムに掲載されたものを HTML に焼き直しました。
       (c)芝川源一郎,京都 C.Monteverdi合唱団: 1998 07/18

詩編曲について

5つの詩編曲は、それぞれ定旋律に基づいて構成されている。

通模倣形式が主流であった当時に、あえて作曲技法としてはむしろ中世的とも云える 定旋律形式を用いたのは、なぜだろう。 後年発表された彼のもう一方の 代表作“宗教的倫理的森”や、遺作集となった 1650年の宗教曲集の作風をみると、 この 1610年のヴェスプロの「定旋律形式」が、モンテヴェルディの作品の中で独自の 位置を占めていることがわかる。

詩編第109(110)番 Dixit Dominus(主は言われた)
6声の合唱(ソプラノ1,2 / アルト / テノール1,2 / ベース)と通奏低音という編成。
定旋律はもっぱら通奏低音あるいはベースが受け持つ。 偶数節の聖句は、 リズムの指定の無いいわゆる合唱朗唱で歌われ(唱えられ)るが、おもしろいことに より礼拝的なこの部分には定旋律は歌われない。

詩編第112(113)番 Laudate Pueri Dominum(しもべらよ誉め讃えよ)
ソプラノ,アルト,テノール,ベースがおのおの2つに分かれる8声部の合唱と通奏低音の編成。
この曲で、モンテヴェルディはマドリガーレ作曲家としての面を より鮮明にしている ように思われる。 それは、この詩編各句の内容を音楽で表そうとしているからである。
前半ではソプラノ、テノール、ベースの技巧的な2重唱が続いていくが、定旋律は初め (前曲のように)それら2重唱の下で歌われているが、テノールの2重唱の部分にくると 定旋律はソプラノに移り音域も5度上がる。 これはこの部分の詩編句の内容 (「神はすべての国民の上に高くそびえ、…」)を表したものである。  ベースの2重唱は神が天から地上に降り立つがごとく下降音形を描き、 「貧しきものを塵の中より立ち上がらせ、…子を生まぬ女に家庭を与え…」た神に 対応し、その後の後半部分では 神を讃える人々の喜びを3拍子によって表している。

詩編第121(122)番 Laetatus Sum(われ喜べり)
6声の合唱(ソプラノ1,2 / アルト / テノール1,2 / ベース)と通奏低音の編成。
この曲の構成は、最終節をのぞく奇数節に出てくる「歩むがごとく進んでゆく ベース(通奏低音)」の音形の部分(仮にAとする)と、偶数節に交互に現れる 2つのベースラインの部分(同様にBとCとする)とに分かれていると考えられ、 その3種類のベースの音形の上に それぞれ次々と変奏を重ねているという、 複雑な構成になっている。
さらにこの曲を複雑にしているのは、定旋律が現れる/現れない、と言うことも 変奏の一つの要素となっていることだ。 例えば、第1節で4分音符できざまれる(A)の上で 定旋律が歌われるが、第3節で(A)が再び帰ってきても定旋律は歌われない。 続く第5節でも 同様に定旋律は歌われないが、第7節ではソプラノが定旋律を(A)に重ねる。  そして第9節では再び定旋律は歌われない。
また別の仕掛けもあって、第1節は前述したようにテノールの定旋律のみが重なるが、 第3節はテノールの2重唱、第5節はソプラノ2声とベースの3重唱、 第7節は第2ソプラノ,アルト,第1と第2テノール,ベースによる4重唱、 と声部数が増えてゆき、第9節では6声全部が参加し小栄唱へと続いている。

詩編第126(127)番 NIsi Dominus(主が建てるのでなければ)
{ソプラノ,アルト,テノール1,2,ベース}×2 の10声部の合唱と通奏低音。
定旋律は常に各合唱のテノールに保持されているが、他の詩編曲のように 冒頭に単独で定旋律が歌われないで、ほとんどトゥッティで始まる。
第2から第4節までは 第1コーラスと同じ事を第2コーラスが繰り返すが、 前曲までのソリスティックな音形と打って変わって、4分音符(第2節)から 付点音符(第3節)になり 8分音符(第4節)へと変わってゆく鋭い語りの リズムの進行が特徴的に聴かれる。 第5節と第6節では3拍子に変わり 定旋律の音域も4度上がる。 特に第6節では、第1コーラスと第2コーラスが 掛け合うことで「…門にて論争するときも論破されることはない」と言う 詩編の意味あいを表している。
小栄唱で一転して5度下がるが、「初めにありしごとく…」の部分で 「初めに在」ったように突然元の調に戻る。

詩編第147番 Lauda Jerusalem(エルサレムよ、主をほめたたえよ)
ソプラノ1,アルト1,ベース1,テノール,ソプラノ2,アルト2,ベース2の7声部の合唱と通奏低音。
この曲も、定旋律はもっぱらテノールに保たれる。 冒頭のテノールの呼びかけと 合唱の応答は耳に残る印象的な始まりである。 その後は、前曲の Nisi Dominus のように 第1コーラスと第2コーラスのかけ合いが続いてゆくのだが、定旋律が転調し、 だんだん掛け合いの間隔が短くなり、ついには半拍の間隔で追いかけ合って歌い交わす。
小栄唱では定旋律は2つのソプラノで交互に歌われる。

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