"Vespro" のナゾ Vol.2


1610年モンテヴェルディはローマへゆき、法皇に一冊の宗教曲集を献呈する。 その中には「6声のミサ」と「聖母マリアのための晩課」が含まれていた。

この6声のミサは、今回我々が歌うところの「ゴンベールのモテット『その時 イエスは』の主題にもとづく6声のミサ」のことなのである。 (注:1995年7月の演奏会でとりあげました。)そしてもうひとつの「聖母マリアの ための晩課」が、いわゆるヴェスプロなのである。

1610年といえばモンテヴェルディ43歳で油の乗り切った頃といえるだろう。 特にミサの方は、作曲者自身が「対位法を勉強し直して」書いたと述べている ので、このために書き下ろされたと言うことがわかるのだ。伝統的な無伴奏 形式によるミサ曲ではあるが、ローマ楽派の総帥パレストリーナの例えば 「教皇マルチェルスのミサ」や「マリア被昇天のミサ(Asumpta est Maria)」 などと比べてみると、随分違うというのがわかると思う。さて、具体的にどう 違うのかは、各自楽譜やCDなどで調べてみよう。

一方、10代の頃に習作を出版してからこれまで、宗教曲集として発表された ものがないため、ヴェスプロの方はそれまでマントヴァの宮廷のために書き ためたものの中から選んだものではないかと思われている。こちらは、いわば お手のものと言う感じである。献呈するにしても、全部新たに書くというのは 大変だったかもしれないし、たとえ息子の奨学金やもしかしたら自分自身の 就職と言う目的があったとしてもである。

1冊の曲集の中に、上でみたように異なった様式の曲が混在すると言うことに 関しては、自分を売り込むために芸域の広さを示したかった、と考えられて いる。だが残念なことに、彼の願いはかなえられなかったようだ。ヴェネツィア のサン・マルコ大聖堂の楽長になり、我が世の春を迎えるのはまだ3年ほど先の 話である。


"Vespro" のナゾ Vol.3 へ続く

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