クラウディオ・モンテヴェルディの連続演奏を志して幾年経ちましたか。最近は大作でなく彼のマドリガルを取り上げています。
モンテヴェルディがバロック音楽の作曲法を示していること、そして彼のマドリガル集が音楽史上に煌々と輝く作品であることがその理由。「劇的な表現」がバロックの特徴なのですが、その表現の根底にあるのが「言葉の音楽化」です。
言葉が持つ意味を音画(絵画のように映って見える)として表す、これがルネサンスからバロックへと移った革新的変化です。
モンテヴェルディはオペラの創始者だと言われていますが、それが真実かは論を進めなければなりませんが、オペラを大成功させ、以後続く作曲家を生みだしていった事は間違いありません。オペラの基にはマドリガルがあり、「言葉を音楽化」した事でオペラ作りの基礎が整ったと言えます。
私の演奏はそのバロック音楽が基礎になっています。
イギリス音楽は魅力的です。特に我が国では受け入れられる精神的な器はあるように思われます。
リュートの伴奏に歌が切ないメロディーを奏でる。物憂い気分はわが国の気候や文化に似ているように思います。
音楽消費国家であるイギリスは歴史的に見ても「音楽の故郷」です。アイルランドやスコットランドの民謡は多く親しまれています。
「京都 C.モンテヴェルディ合唱団」では余り多くは取り上げてはいませんでしたが、これからは名
曲などご紹介していきたいと思っています。
今日はそのシリーズ第 1 回目とさせて頂きましょうか。気に入って頂ければ良いのですが。
寺嶋陸也氏の「風の芍薬 (ピオニア)」[詩:紫野京子]はこれまでの合唱曲にはない、不思議な感
覚が全身に流れます。氏の作品を初めてステージにかけたとき、これは大変な作曲家とその作品に出会ったと心底身が引き締まりました。
氏の作品を演奏することには大きな責任が伴うと知りました。歌う者にも、そして聴衆にも作品の魅力を余すことなく伝えなければならない。
楽譜は一見平易に見えて、歌うととても難しい。音が取りにくい、ハーモニーも聴き慣れない。困惑するのは練習を始めた歌い手たちでしょう。
しかし、練習を進めるごとにその魅力に引き込まれていく彼ら、彼女らです。
現代の若い人たちによく好まれている合唱様式とは一線を画している、だからこその戸惑いなのでしょう。
寺嶋さんは楽譜の巻頭に書きます。
『現実と幻とが交錯する凝縮された言葉で織り上げられた紫野さんの詩は、そのままにしておきた
いと思うと同時に、音にすることでさらにその世界を押し広げて多くの人とこの詩を共有したい、
という誘惑にかられます。歌う人聴く人それぞれの中で、その言葉と音楽とがさまざまに受け取ら
れ、はてしなく深まってゆくような曲であることを目指して作曲しました』と。
言い得て妙!実に同感です。
だからこそ、それを強く感じたからこそ、演奏する者として大きな責任を持とうとの意志を固めた
のです。
指揮者としてこのような詩人と作曲家の感性に触れることができる幸せをひしひしと感じます。
作曲の素晴らしさ、詩の素晴らしさ、その幸せな出会いで生まれる音楽の素晴らしさを表現出来る
ことを願って、渾身の棒を振りたいと思っています。
今日の「京都 C.モンテヴェルディ合唱団」との演奏、その世界に近づけることが出来ればどれ程の
喜びでしょう。
演奏会にお出で頂き、ありがとうございます。心より感謝申しあげます。
そのものが彼らの表情、演奏に表れますよう真摯に向き合う所存です。
[作品解説は合唱団員が書いてくれました。参考にしていただければと思います。]