《聖母マリアの夕べの祈り》
西洋音楽史上、金字塔を打ち立てたこの名作は 1610年にヴェネツィアで出版されました。
作曲意図, 用途, 楽器編成, 演奏様式, 移調, ピッチと 喧々囂々(けんけんごうごう)
今以て論争される謎多き作品ではありますが、我が国にも多くのファンが居て誰もが認める大傑作です。
世界の文化史上、一際大きく変動した1600年代。その時代を表す作品としてもその価値は高く、当時の新旧様式を
巧くかみ合わせた独自の世界を放っています。
楽曲解説をすれば、多くの紙面を必要とする論文になること必至です。
カトリック教会の典礼の知識が必要です。そしてそれに伴う音楽様式の変遷の知識も
また必要です。(多くの専門用語、音楽語が相当数現れます)我が国において
いち早くこの作品を紹介した者の一人として、敢えて神学的な解釈と様式変遷を省き、この曲の「音楽的魅力」に
焦点を合わせた私見を述べてのご案内とさせて頂きます。
今日の演奏は、多くの器楽を省いた通奏低音だけによるスタイルです。また最後を飾る「Magnificat マニフィカト」も
通奏低音と6声の合唱の版となります。(モンテヴェルディは、この版と、より大きな楽器編成を伴う
7声の合唱からなる二種類を残しています。)
多くの楽器(当時の楽器)を伴った演奏は華やかで、また深い敬虔な楽器の響きも得て、この曲にもっとも相応しいものであることは
論を俟(ま)ちません。しかし現実的な選択として
私は「通奏低音」のみによる演奏を選びました。(通奏低音のみでの全曲演奏には
楽譜の一部変更・省略の問題が起こるのですが、演奏での緊密なコンタクトを優先しての選択です。)
〔*第11曲目 Sonata sopra Sancta Maria Ora pro nobis はフレスコバルディの
リチェルカーレ( Fiori musicali / 1635 より )に差し替えています〕
この版によって
この作品の骨格が浮かび上がってきます。また、合唱団の実力がより鮮明に問われます。
そして何より、この作品が持つ「祈り」の性格が「人」の息づかいとして立ち上がることに
その意義を見いだしての選択です。
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この曲、以下の構成です。
■合唱(複数声部)
■独唱と通奏低音
■重唱と通奏低音
■合唱とソリスト達
■二重合唱
それぞれの楽曲でバロック期の華麗な声楽様式を堪能することができます。
装飾に満ちた声のテクニックが聴かれます。各声部間の音色の対比が
魅力を弥(いや)が上にも高めます。
典礼での「交唱」スタイルから、声部間あるいは声部群間の掛け合い、あるいは
移動しての演奏場(位置)の変更が可能(必要)となります。
それらの演奏によって、この曲が如何に立体的構造を持っているかが
鮮明になるはずです。
音画的な(言葉の意味合いを表す音の連なり)音型による通奏低音。〔6曲目
Laetatus sum は歩行の音画です。ハンガリー音楽の影響だと云う人もいます〕
グレゴリオ聖歌による定旋律の保持。その定旋律上で絡む各声部。模倣の多様性。変奏形式。
どれをとっても人間の耳を楽しませる「音の喜び」がここにあります。
この作品を書くまでは「世俗曲」が彼の活動の中心でした。「世俗曲」での「耳を楽しませる」テクニックが
教会音楽にふんだんに盛り込まれたわけです。
教会音楽での世俗的要素。これは刺激的です。
古くて新しい音楽がここにあります。 全身で感じ取れる音楽は
歴史を超えて生き続けると私は信じます。
深い祈り。そして「生」の喜びに溢れています。
モンテヴェルディの《聖母マリアの夕べの祈り》は古今にあって希有な傑作です。
その魅力を今日、充分に堪能して頂けるよう団員共々最善を尽くす所存です。
( 2009年 11月 8日:演奏会パンフレット より )
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