練 習 便 り 番外編(2003年 夏)

題字:仙崎遠景

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“竜宮みたいに浮かぶ町”  −金子みすゞのふるさとを訪ねる旅(その1)

旅人 Tenor 笹川 馨

 以前からドラマなどで金子みすゞの生涯については多少は知っていた。今度の演奏会で歌うことになり、改めてその詩に触れて心惹かれるものを感じていた。7月のある日ふと立ち寄った書店で「金子みすゞ 生誕一〇〇年記念」と銘打ったムックを見つけ、買って帰った。ページをめくるうち、みすゞの詩の世界が不意に身近なものになった。そして彼女が生まれ育った仙崎(山口県長門市)という町がどんなところか行ってみたいと思うようになったのだ。
 数日後の連休の前日、インターネットであれこれと仙崎について調べていると、翌日が仙崎の祇園祭の日だと分かった。その場で民宿を探し、仙崎行きを決めた。“またやっちゃったよ”と思いながら、いつもの「勢いで行く旅行」が始まった。

 仙崎へのアクセスは、小郡と新下関の間の「厚狭(あさ)」という駅で新幹線を降り、美祢線というローカル線に乗り換える。今、美祢線には「金子みすゞ号」という快速電車が1日に上下1本ずつ運行しており、仙崎へのアクセスは随分よくなっているようだ。しかし、ここは敢えて各駅停車に乗車することにした。接続の時間の関係もあるし、何より旅から「過程」を排除してしまったら残るものは少ないとの思いからだ。ワンマンの1両電車に揺られて約1時間20分後に仙崎についた。日本海に突き出た小さな半島の町だ。吹きつのる風と雨…。九州では災害も起きているという悪天候。どんな旅になるのだろうか…。

 港に程近い民宿に荷物を預け、観光船乗り場へ。半島の先端にある青海島を巡る観光船も仙崎の古くからの観光の目玉だ。今日の夕方がよいか、明日乗ろうか、予定を立てるため就航状況を伺っていると、突然携帯の呼び出しが…。モンテ団員のHからの連絡だった。

“今仙崎にいるんですけど”
はぁ? そういえばヤツは帰省か何かで長崎へ向かった挙句、九州の大雨で立ち往生していたはずだが…。
“雨で進めないんでこっちへ回って来たんですよ。今『みすゞ記念館』の向かいのお土産屋さんにいて、
 今から限定のウニ丼食べるんですけど…来ませんか?”
こんなオイシイ話を持ってきてくれるなんて案外いいヤツかもしれないなあ、などと考えながら一も二もなく合流を決めた私。汗をかきながら雨の中を「みすゞ記念館」を目指す。

本の形をした歌碑

 一旦駅へ戻ると右へ折れ、「みすゞ通り」へ入る。「みすゞ通り」というのは仙崎駅から北へ伸びる全長約1kmの通りで、緩やかにカーブしながら半島の突端部まで続く仙崎のメインストリートだ。「みすゞ記念館」は「みすゞ通り」の中程にあって、みすゞの育った家の場所に当時のたたずまいを復元するかたちで建てられている。どうやらここが仙崎の観光の中心でもあるらしい。「角の乾物屋の」に歌われた場所だ。団体の観光客が次々と「記念館」に吸い込まれていく。

 
 そのちょうど向かいの「錦町商店」に団員Hはいた。大学の後輩と一緒である。いつものごとく軽く右腕を上げて挨拶している。うまい具合にウニ丼も出来上がってくるところだった。お互いの様子を報告し合いながら、極上のウニ丼に舌鼓を打った。


 腹も一杯になったところでみすゞの墓参に行こうと話もまとまり、「みすゞ通り」を北へ向かって歩き出そうとしたところで、一人の老婦人に声を掛けられた。みすゞの墓のある遍照寺の隣りにお住まいだとか。親切にあれこれと解説しながら案内してくださる。当地の方は皆さんこんなに親切なのだろうか。

みやげもの店
詩の木札(1) 詩の木札(2)  歩いているとすぐに気が付くのは、家々の玄関や窓にみすゞの詩を書いた木の札がかかっていることだ。観光名所としての雰囲気作りということでもなさそうだ。詩を全文書いたものもあれば、ある一節を書いたものもある(特に気に入った部分ということかもしれない)。どれも手書きで花などのイラスト付きだ。みすゞの詩が町の人々の生活に、心の中に息づいている証ではないだろうか。
 
みすゞの墓地

 みすゞの墓は紫陽花の咲く小さな寺にひっそりと建っていた。件の老婦人がわざわざ家から線香を持ってきて手渡して下さった。有難く頂き、墓の前で手を合わせる。墓は何も語らない。細かい雨が降り続くなかただ静かに立っていた。

 しばらく後、海まで行ってみようと「みすゞ通り」をさらに北へ向かって歩き出した。程なく道は終わりとなり、目の前に青海島と海が現われる。 連れの二人は港の方へ行くと言うので、ここで別れることにした。ひとり残った私は海を眺めていた。時折車が通り過ぎるのみで、通る人も無い。「雨の瀬戸」に歌われた風景そのものであろう。  私はただ一人、雨に煙る海をいつまでも眺めていた。  (続)
雨の瀬戸

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